劇作家相馬杜宇のOfficialBLOG

32歳、脳出血発症中!劇作家の相馬杜宇がホッピー、コンテンツSEO、病院の不可解さについて語るブログです。

高校演劇摩訶不思議

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高校演劇の審査員を務めるようになり、かれこれ6年になる。「高校生らしい素敵な演技」「キラキラしたセンス」など、俳優にありがちな褒めちぎってばかりの役者審査員と異なり、「ああっ、もう!何でこんな下手クソなんだ!」と苛立つ日もあれば、「これスゴいわ、俺には絶対書けねえ」と驚愕することもしばしばである。もちろん言葉を選んで講評するので、心配無用だが、いったん審査員を務めて見ると悩ましい問題が数多く出てきた。
思い付くままにいくつか挙げておこう。
①全国大会の理不尽
そもそも高校演劇って何? という話だが、高校演劇部には大会が存在する。東京地区大会の例で言うと、だいたい8月から10月が本番で、11月が都大会、12月が関東大会となる。そして、全国大会は8月。当然3年生は出場できない。かなーり理不尽極まりないものになっている。
ついでに言うと、最優秀、優秀賞に選ばれた学校は国立劇場での凱旋公演を行うことになり、かなり慌ただしい。名門演劇部には2軍が地区大会に出演したとかしないとか。
あくまで噂である。
②ネット台本の扱い
地区大会だと玉石混交の高校も当然ある。中でも多いのがネット台本。男女の人数を検索すれば、サクッと見つかってしまうので便利かもしれないが、如何せん拙い。一言で言ってしまえば「台本が悪いよ」ということなのだが、一応既成台本と書いてある以上、あまり酷評も出来ない。ありがちなのが、審査員が散々駄目だしした挙げ句、「みんな疑ってかかった方がいいと思う」というタイプ。至極もっともなのだが、「色々事情があったんだろうな」と推察する。まずは「どうしてこの台本撰んだの?」と聞くようにしている。
③俳優は2パターン
俳優は大きく分けて2パターンしかないと思っている。一つは絶賛系。「あなたは本当に素晴らしい!」と褒めちぎるタイプ。ほとんどダメ出しもなく、気分良くしてくれるが、その実中身がないものが多く、「結局何が言いたかったの?」となる。
いわゆる有名劇団に所属していて、
ちょっと大きな大会にゲスト扱いでオファーがある、ゲスト枠だ。それを自覚的に講評していたと感じる審査員は申し訳ないが、一人もいなかった。
もう一つは言葉系。寝ても起きても「言葉を大切にしましょう」というタイプだ。ちょっと滑舌が途切れても、「言葉を~」、本番中のミスで、台詞を抜けてしまった生徒が「言葉を~」などなど、呪いのように言葉地獄が続くのだ。
マトモな演出家だと開口一番、絶対信じるなと力説。なぜなら、演劇に正解は無いからだと話し、「言葉を大切に~」とやたら言ってる俳優の横を、「まぁ言葉を大切にって言っても私の方法論は真逆なわけで、真面目にやったら殴り合いに発展しかねないので、信じない方がいいです」と平然と言ってのけた。そういう意味であの演出家はすごくフェアだと思う。
…少々前置きが長くなったが、俳優枠は印象批評になりがちで、「うーん…」と唸ってしまうが、中にはヒザイミズキさんだけは、生徒の立場に立ってすごく良い批評をしていたと思う。

④既成の価値観
既に上演されている、評価が高まっている作品はいくら上演成果が高くても、なかなか都大会には上がれない。
と言うのも、「今、この上演することの意味」をどうしても考えてしまう。噂によるとやたら再演されている演目が全国大会に行ったらしいが、劇作家の間ではすこぶる不評だ。いったい上演することの意味はどこにあるのか?
さらに言えば、「高校生に比べるとどうしても見劣りしてしまう」という声もよく聞く。何でも高校生だからって安直に高校生選んで、何となくリアルっぽい演技して満足してんじゃねえの? それより、岸田戯曲やってハードル上げまくった方がよっぽどマシだわ
と個人的には思うが、残念なことに既成作品は都大会を推薦した高校は出てきていない。何とか打ち破って欲しい。
⑤それだけの覚悟
最近は少なくなったが、今は震災を扱う作品が激増した。
審査員はこぞって「震災を扱う覚悟が本当にあるのか」と問うた。
でもねと思う。
そもそも表現をやる以上は誰かを傷つける。どんなおちゃらけたコメディでも傷ついたことは容易に考えられる。
表現をやる以上は人を傷つけないことなんて絶対に出来ない。
それみんな分かってやってる? という話である。まぁ、当然だけど、セクシャルマイノリティもそう。インチキ方言も同じ。単なる笑いのネタづくりだけでやってると、痛い目を見ることになる。
ご当地モノの覚悟
⑥高校生の評価
かねてより気になっていることがある。
「いやぁ高校生スゴい」「高校演劇マジ素敵」「高校演劇の特権だよね」とやたら褒めちぎって、追っかけと称してファンになりつつある人もいるのだ。この魅力は何だ? 確かに面白いものもあるが、そうでもないものもある。高校演劇って言うけど、単に年食ってるだけじゃないか。そんなに高校生がいいのか? と思う。
諸般の事情で(行きたかったが)審査に関わってないため、少し冷めてしまってる自分がいる。
こう言うと、「いや、やっぱり、高校生の特権はあるよ」と返され、「まぁなぁ」とおもうが、何だかモヤモヤしたものが残っている。
⑥キャパシティの工夫
名物顧問が「いつまでも江守徹みたいな発声ばかりやってる」と言わしめた、この問題。大きな大会に行くとたいがいキャパシティが大きくなり、台詞の細かいニュアンスが伝わりづらくなる。そこをどう伝えるかは工夫のしどころだ。名物顧問によると、短いセンテンスだけ残した方が難しいニュアンスが伝わらず、声も届きやすいと聞いたことがあり、なるほどなと思った。
しかし、なぜか全国大会の上演作を観ると、大劇場の演技をしている学校もあれば、最優秀を取った高校もミクロの演技をやっており、いったいどこが違うのだろうと思ったものだ。
長々書き連ねてしまった。わーっと書いたので、もしかしたら書き漏れがたぶんにあるかもしれない。顧問のコメントは往々にしてどこのきっかけがずれたとか、所作がどうとか、細かいポイントに終始しがちだ。「なんかつまらない」といった印象批評に陥らないよう、「『なんか』はなぜなのか」となるべく分析的に講評したいと常々思っている。
過去に一度だけ「コイツ講評浅えな」と感じた場面も無くはなかったが、横に控えているのは演劇部員と顧問のお歴々方
だ。常に真剣勝負と思い、日々格闘している。