劇作家相馬杜宇のOfficialBLOG

32歳、脳出血発症中!劇作家の相馬杜宇がホッピー、コンテンツSEO、病院の不可解さについて語るブログです。

【ショート劇場①『在り処』】

 

 

在り処

作 相馬 杜宇

 

□登場人物(男二人、女一人)

男     

老婆    

学生    

―0―

初冬

静まり返った民家の居間。

     舞台中央にコタツ、その上に目覚まし時計、周りに座布団が二つ。

その他にタンス、棚、電話、座布団の山など。

床に物が雑然と広がっている。

舞台の前方には廊下が横一線に広がっている。上手は玄関、下手はトイレ、老婆の部屋に繋がっている。

さらに前方には縁側があり、外に通じている。

正面奥には台所がある。

男が縁側に現れる。よれよれのジャンバーに薄汚れたジーパンの出で立ちが存在の胡散臭さを際立たせている。

中を窺い、音を立てないように注意して入る。

誰もいないことを確認して、早速物色を開始。

ぎこちない手付きから素人であることが分かる。

時折コタツがモゾモゾと動く。

しかし男は気づいていない。

男、棚からチャックのついた小物入れを取る。

開けてみると、そこには印鑑。

印鑑を中に戻し、ポケットへ。

その時コタツの上の目覚ましが鳴る。

男、驚いた拍子に棚にあったけん玉を足に落とす。

足を抱えて飛び跳ねながら、目覚ましを止めにいく男。

コタツから手が出てくる。

男、目覚まし時計を持って驚き飛び退く。

まもなく老婆がコタツから顔を出し、男を見る。

老婆 (嬉しそうに)おお……お帰り。

     男、逃げ出そうとする。

     老婆すかさず男の腕を掴む。

老婆 久しぶり。

男  ……?

     二人見つめ合う。

     

 

―1―

三十分後。

何かを探している男と老婆。

男  ッたくどこにやったんだよ。

老婆 悪いね、わざわざ来てくれたってのに。

男  謝る暇あったら探せよ、ちゃんと。無かったら困るだろ。

老婆 (通帳を手に取り)あった。

男  おッ。

老婆 ほら、第一勧銀。

男  そんな銀行、もうねえよ。

老婆 え、ないの?

男  ないよ、もう。

老婆 (通帳を開き)……五二〇万。

男  え……(老婆から通帳を取り上げる)

老婆 (金額を指差し)ほら。

男  何だよ。

老婆 どうしたの。

男  五二〇万引き出して残り八十二円。

老婆 じゃあ今は八十二円……。

男  びっくりさせんなよ、全く。

老婆 何に使ったんだろうねえ……。

男  知らねえよ……あ、これ、どこにあったの。

老婆 タンスの中だけど、

男  タンスか……

     男、タンスの方へ。

老婆 ああ、一番上の段ね。

 

     男、タンスの一番上の段の中身を床にぶちまける。

老婆 あーあ、そんなに散らかして……

男  何言ってんだよ、(床に落ちている示しながら)タオル靴下紙袋、パンツ鼻紙食べ残

し、散らかしてんのはどっちだ。

老婆 でもあたしは何週間もかかってこれだけど、お前は一瞬でこうだろ?

男  けど俺は、

老婆 (遮って)通帳見つけるためにやってるのであって……

男  分かってんじゃねえか。

老婆 ふふふ。

男  だったら(散らかしてることにはならないだろ)、

老婆 (遮って)でもやり方が大胆というか、手荒というか……タンス、空き巣に入られ

たみたいね。

男  (動揺)はあ?

老婆 ハハハ……何、その顔……

男  大丈夫、ちゃんと片付けるよ。

老婆 そう言って片付けないのがお前でしょ。

男   (床にぶちまけたものを物色しながら)まさか全財産八十二円ってことないだ

ろ……きっとどこかに……

老婆 似るんだね、似なくていいのに。

     老婆、床に落ちている写真を手に取る。

老婆 (写真と男を見比べ)痩せたんじゃない、随分。

男  (恐る恐る写真を見る)いつの写真だよ……

老婆 え、これは……? (老眼鏡をかけ、写真の日付を確認しようとする)

男  いいよ(見なくて)。

老婆 何で。

男  思い出したくないよ、こんな豚みたいに太ってる頃なんて。

     男、写真を裏返してテーブルの上に置き、物色を再開する。

老婆 可愛いじゃない、金太郎みたいで。

男  ……

老婆 お前稲荷神社の相撲大会で優勝したことあったよね。

男  ああ……

老婆 中学生相手に最後は上手投げで勝ってさあ。

男  よく覚えてるな。

老婆 忘れるわけ無いじゃない、運動会じゃいっつもビリッケツだったお前が初めて一

等賞になったんだもの。

男  ……

老婆 思わず土俵あがって抱きしめたら、お前家帰ってから怒ってねえ、二日くらい口

聞いてくれなくて……

男  (通帳が)ない……

老婆 あら、残念。

男  残念じゃねえだろ。

老婆 あ、そうか……

男  ホントに覚えてないわけ?

老婆 いや、あるよ。

男  あるってのは何回も聞いたよ。

老婆 ……

男  何で相撲大会のことはそんな詳しく思い出せるのに……

老婆 そんなこと言ったって……

男  年金は?

老婆 年金?

男  年金の口座。

老婆 ああ、そこの橋渡ったとこね。

男  ……

老婆 あったでしょ、郵便局。

男  郵便局か……

老婆 あそこ移ったら随分可愛いくなっちゃって、一つしかないんだよ、窓口。

男  自分で取りに行ってんだ。

老婆 行ってくれるの?

男  行ってないの、今月?

老婆 行ったよ、先週。

男  じゃあ郵便局の通帳は思い出せるな。

老婆 それがさあ……

男  取りに行ったんだろ、先週。

老婆 (無視して)潰されるんだよ、ついに。

男  ……?

老婆 民営化でさ。

男  ああ……

老婆 始まった時は潰れません、名前が変わるだけですって話だったから、国もさすが

にそこまで無慈悲な真似はしないんだってホッとしたんだけどさあ、

男  へえ。

老婆 採算が取れなくなったとか言って。そんなの分かりきってたことじゃないねえ?

男  それより……

老婆 街中のおっきいとこ行かなきゃなんないんだよ、これから。これも新しい未来のた

めだとか言ってるけど、明日をも知れぬ後期高齢者のこともちっとは考えて欲しいよ。

男  そうだよ。

老婆 (同意と思い)ねえ。

男  今を生きなくちゃ。 

老婆 え? 

男  (遮って)通帳は?

老婆 だから通帳あっても街中まで……

男  無かったらどうにもならねえだろ。

老婆 ……。

男  思い出せるだろ、先週のことだし。

老婆 んー……

男  はい、年金を受け取って、郵便局を出ました。

老婆 出た……

男  この時通帳は?

老婆 あったと思うけど。

男  怪しいな。

老婆 忘れたら届けてくれるし。

男  あ、そうか。じゃあ出て、橋を渡って、

老婆 ちょっと待って。

男  何。

老婆 その前に、川眺めてさ。

男  ……じゃあ川眺めて、

老婆 すごいの、鮭の帰省ラッシュ、ありゃ乗車率百二十パーセントってとこだね。そ  

れ見て、うちの鮭も帰ってこないかなあなんて思ってたんだけど、そしたらホン

トに帰ってきて……

男  どうでもいい、そんなことは。

老婆 どうでもいいとは何だよ。あれはきっと(何かのお告げだったんだよ)、

男  (無視して)眺めたあとは?

老婆 ……帰ったよ、家に。

男  よし、家にはあるわけだな。

老婆 分かったとこで一休みしようか。(立ちあがる)

男  何でだよ。

老婆 先は長いよ、印鑑もあるし。

男  ああ、印鑑なあ……(おもむろにポケットにしまってある印鑑を確認する)

老婆 どこやったんだか……

男  見つかってもいいよな、一つくらい。

老婆 いや一つしかないよ。

男  え?

老婆 お前でしょ、まとめたの。何個もあると分かんなくなるだろとか言って。

男  あの、チャックついたやつ?

老婆 そうそう。

男  ああ……

老婆 あれ、車の時だったっけ?

男  ん?

老婆 それともマンション? どっちにしろ買って欲しいって頼みに来た時だったと思

うけど。

男  ……車だな。

老婆 あ、やっぱり車の時か……今日車で来たの?

男  いや、今車検に出してて……

老婆 そうなんだ……まあそれじゃなくても大変だしね、東京からじゃ。十時間以上掛

かるでしょう?

男  そうそう、高速代も馬鹿にならないし。

老婆 なるほどね。

男  ……

老婆 あれ結構大きいよね、写真で見た限りだと。五人くらい入る?

男  まあ。

老婆 じゃあゆったりね、家族で出かける分には。

男  うん。

老婆 あたしも乗れるじゃない。

男  え?

老婆 いや乗ることは無いだろうけど……二人分空いてるでしょ?

男  ……

老婆 さ、一休みしようか。

男  何でだよ。

老婆 腹が減っては戦は出来ぬ……(立ち上がる)

男  いいよ、別に。

老婆 竹屋の最中でも?

男  要らない、要らない。それより(思い出すのに専念しろよ)……

老婆 (酷く驚く)要らない?

男  ……?

老婆 どうしちゃったの?

男  いや、だって今は……

老婆 竹屋の最中だよ。

男  まあ好きだけど、

老婆 お前サンタにも頼んだじゃない。

男  ……

老婆 食べるよね?

男  じゃあ……

老婆 はいよ。(歌う)パリッと軽やか心も弾む、竹屋の最中ぁ……

    老婆、台所へ。

 

老婆 (声)ちょうど貰ってさ、こないだ。

男  へえ……さっきの続きだけど、家帰ってきて……

老婆 (声)そんな急がなくてもいいじゃない。

男  何言ってんだよ、早く見つけないと。

老婆 (声)そうは言ったって、一刻を争うわけじゃないだろ。

男  そんなのんびりしてられないんだよ。

老婆 (声)え、泊まるよね?

男  まさか。帰るよ、見つけたら。

老婆 ……

男  いや出張のついでにちょっと寄っただけでさ、帰らなきゃいけないんだよ、今日

中に……明日会議もあるから、今夜中にその資料まとめなきゃならなくて……

老婆 (声)仕事ねえ……

男  (自分の服装を気にして)あっ、いや、その……実家いる時まで仕事引きずってる

感じもどうかと思って……着替えたんだよ、駅のトイレで……

老婆 (声、無愛想に)ゴマ? 栗? あずき?

男  ……あずき。

老婆 (声)あずき? ……好きだね、相変わらず。

     少しの間

落ち着かない様子の男。

老婆、最中が乗った皿を持って、戻ってくる。はっきりと不満の色が見てとれる。

老婆 どうぞ。(コタツに置く) 

男  家着いて、まず何した?

老婆 ……

     老婆、床に落ちているけん玉を手に取り、

老婆 これ、お前んだよね。

男  話を逸らすな。

老婆 いいだろ、まだ……(けん玉の先端で男の足を突く)

男  良くないのっ。(老婆からけん玉を取り上げ、コタツに置く)

老婆 これも良くないよ。(男の靴下の穴を剣玉の先で突く)

男  あ?

老婆 穴。

男  (見て)ああ……

老婆 確かどっかに……(探そうとする)

男  いいってば。

老婆 みっともないでしょ、穴あき靴下。

男  後、後。

老婆 そう言ってると忘れるし…… 

男  (遮って)通帳。

老婆 ……

男  思いだして。玄関に入ったぞぉ……

老婆 玄関から入ってないかもしれないし。

男  え、玄関じゃなかったら……?

老婆 縁側のこともあるんだよ、気分によって。

男  ……

老婆 元気の玄関、えんえん縁側。

男  えんえん?

老婆 (泣く真似をして)えんえん。

男  ああ……

老婆 食べなよ、どんどん。

男  うん。で、あの日は玄関?縁側?

老婆 今は縁側……

男  今じゃなくて……

老婆 駄目だ、駄目だ。

男  おい、

老婆 もう見つからないって。

男  簡単に諦めんなよ。

老婆 (散らかった室内を見て)だってこんなに探したんだよ。

男  まだ望みはあるさ、タンスだってまだ真ん中と下は……

老婆 見たよ、あたしが。

男  もう一度見てみないと……

老婆 まだ散らかすわけ?

男  上には第一勧銀がいたんだぞ……(中段もぶちまける)

老婆 もう好きにすれば。(立ち上がる)

男  どこ行くんだよ。

老婆 おしっこ。

     老婆、トイレへ向かう。途中縁側にある靴に気づき、

老婆 あれ、これ……?

男  あ……

老婆 お前も縁側の気分?

男  鍵忘れてさ……

老婆 開いてただろ、玄関も。

男  いや、電気もついてないし、てっきりいないのかと……

老婆 いたでしょ、ちゃんと。

男  誰が思うんだよ、あんなとこいるなんて。

老婆 ここ外から見えるでしょ。

男  (外を見て)……よく見えるな……

老婆 顔出して寝てたら間違われてさ、死んでんだと。

男  ああ……

老婆 余計な心配掛けたくないし……持ってくよ、玄関。(靴を取ろうとする)

男  いいよ、自分でやるし。それより、いいのか、トイレ。

老婆 ああ、そうだ、そうだ。じゃあよろしく。

     老婆、トイレへ。 

男、それを見て、

男  畜生、あのババアどこにやったんだ……

男、さっきにも増して探し方が手荒。

しかし肝心の通帳は見つからない。

コタツの最中を食べ始める。食べ方に苛立ちと焦りが感じられる。

まもなく口の動きが止まる。歯が痛い模様。

痛いところを避けて食べようとするので、おのずと不自然な食べ方になる。

その時電話が鳴る。

     男、最中を口に咥え、慌てて電話線を抜く。

     そしてガラス戸から逃げ出そうとする。

     そこに老婆が戻ってくる。

老婆 どうしたの。

男  あ……(最中を食べる)

老婆 今電話来なかった?

男  ……〈食べ終えて〉いや。

老婆 あれぇ……?

男  (テーブルの上のモナカを示し)食べなよ、母さんも。

老婆 え?

男  ん、最中。

老婆 よしてよ、我慢してんだから。

男  何、いい年してダイエット?

老婆 ……?     

男、残りの最中を口に押し込むと、縁側の靴を取る。

老婆 あ、あたしのもよろしく。

男、黙って老婆の靴も取り、玄関へ。

老婆 (電話を見て)おかしいなあ……

     老婆、濡れた手をズボンで拭う。

     その時、ポケットに何かを感じる。出してみると、それは正しく郵便局の通帳。

          

男  (声)元気の玄関……

     男が戻ってくるので、老婆は通帳をポケットに戻す。

男  (戻ってきて)えんえん縁側…… 

     男、縁側の方向から部屋を眺め、何やら考える。

老婆 頑張るね。

男  人ごとかよ……

     

     男、諦めて部屋に入って物色の続き。

   老婆、コタツのけん玉を手に取り、

          

老婆 (「もしかめ」の替え歌)もしもし何処、通帳よぉ、我が家の中でお前ほどぉ、失   

くして困る物は無いー、タンスの中にはありませんー。(※最後まで続くことが望ま

しいが、もし途中で失敗しても、素早く誤魔化し、成功を装う)

男  おい……

老婆 やった、出来たよ。

男  やったじゃねえよ、早く言えよ、そういうことは。

老婆 ごめんね、忘れてて。

男  何、無いの、ここには。

老婆 無い、無い。

男  何だよ……

老婆 (けん玉を示し)よくやってたよね。

男  あ? 忘れたよ、そんなの……

老婆 (またやる)タンスの中には……

男  (老婆からけん玉を取り上げ)いい加減にしろよ、見つける気あんのか、ホントに。

老婆 そんな大きい声出さないの。

男  ……(外を気にする)

老婆 血圧上がるよ。

男  (声を潜めて)どうすんだよ、これから。

老婆 大丈夫だよ、お前もいるし。

男  だから帰るって、

老婆 (すかさず)見つかったらね。お茶入れてくるよ。

     老婆、けん玉を床に投げ出し、  台所へ。

     男、散乱した物を見て、    

 

男  ああっ汚ねえなあ。(老婆に)ゴミ袋ある?

老婆 (声)あるよぉ。

男  この辺片付けるから、ニ、三枚……

老婆 (声)ほいよっと……

     台所から束になったゴミ袋が投げ出される。

男  ニ、三枚って言ったろ。

老婆 (声)いいの、いいの、どんどん使って。

男  ……

     男、室内に散乱した物を次々とゴミ袋の中へ入れていく。その中にはさきほどテーブルの上に置いた写真も含まれている。

かなりのハイペースで進んでいくが、途中不燃ゴミに行き当たり、やや考えて袋を分ける。

     老婆、マグカップと湯飲みをお盆に載せて運んでくる。

老婆 おお、片付いたじゃない……

     老婆、片付いた室内に気を取られ、けん玉に一直線。

     男、ぎりぎりのところでそれに気づき、

男  危ないっ……

男、左手にけん玉、右手にお盆。妙な体勢になってしまい、かなり苦しそう。

老婆 え?

男  これ……(お盆を受け取るように促す)     

老婆 (けん玉に気づき)ああ、これか……(けん玉を受け取る)

男  (バランスを崩し)あっ……おっ……(何とかお盆をコタツに置き)こっ

ちだろ、普通。       

老婆 ありがとう。自分で置いたのにね、何やってんだか……(けん玉をコタツ

に置く)

男  気をつけろよ、全く……はい。(湯飲みを差しだす) 

老婆 ん?

男  どうしたの、はい。

老婆 そっちでしょ。

男  え。

老婆 あたしのはマグカップ(マグカップを手に取る)……いつだったっけ。

男  ……

老婆 これ、買ってくれたの。

男  ああ、俺が買ってやったのか。

老婆 車のお返しにね。取っ手が付いてる方がいいだろうって。

男  そうだ、そうだ。……いや随分前だったからさ。

老婆 そんな昔でもないよ。

男  そうかなあ。

老婆 ちょっと、ボケるには早すぎるんじゃない。

男  ハハハ……

老婆 (不燃ゴミの袋を見て)こっちが捨てるの?

男  それ燃えないの、隣が燃えるの……

老婆 え、じゃあどっちも捨てるわけ?

男  (可燃ゴミの袋からフリーペーパーを取り出し)要らないだろ、こんなの。

老婆 駄目、それ、載ってんだよ、あたし。

男  どこ。

老婆 (見ずに)前の列の右から二番目。

男  ……分かんないよ、小さくて。

老婆 分かるって、よく見れば。

男  (数珠)じゃあこれは?

老婆 ありがたいんだよ。

男  もしかして、真珠?

老婆 まさか、安かったし。

男  何だよ……

老婆 でもそれ買ってから調子がいいの。ほら……(腕を伸ばして見せる)

男  胡散臭えなあ……(手袋)ならこれは?

老婆 可愛いじゃない、ウサギさん。

男  でも穴開いてるし。(指を入れて見せる)

老婆 使えるよ、直せば。

男  くそ……

老婆 意味あるんだよ、ちゃんと。

男  そんなこと言ってたら片付かないだろ、ちっとも。

老婆 いいじゃない、捨てるのはいつでも出来るんだし。

男  いつでもと言ってるうちはいつまでも、残り続けるガラクタの山。

老婆 お、短歌だね……だけどもさ(手袋を取り)こんな可愛いく、(数珠を取り)

あらたかな、それも捨てえばただの燃えカス。

男  もう帰るぞ。

老婆 え、何で?

男  これじゃ見つかるもんも見つからねえよ。

老婆 (懇願する調子で、しかし七五調は崩さず)簡単に諦めるなよまだ早い、無いはずは

ないきっとどこかに。

男  よく言うよ。

老婆 まだ母さんの部屋もあるし。

男  あ、母さんの部屋……

老婆 あたしも協力するからさ。

男  当たり前だろ、誰のだと思ってんだ。(水玉の帽子を見つけ)これはいいだろ。

老婆 え、それは……

男  水玉だよ、水玉。こんなの被って歩けるかよ。

老婆 それ和美ちゃんのでしょ。

男  え?

老婆 忘れてったの、来た時に。

男  ああ……(帽子をコタツの上に置く)

老婆 ちょっと、しっかりしてよ、お父さん。はい。(帽子を男に渡そうとする)

男  いや俺に渡されても……

老婆 持って帰ってよ、ここにあったってあれだし。

男  ……(受け取り、ポケットに仕舞う)

老婆 まあ、もうそんなの被る歳じゃないか。

男  ……

老婆 しばらく会ってないけど、大きくなったでしょ?

男  そりゃ……

老婆 今……中学……?

男  そうそう。

     少しの間

老婆 あれ、でも、年賀状じゃランドセル背負ってたような……

男  え……いつの話だよ。

老婆 じゃあ中学か……

男  そう中学……

老婆 もうそんなになるんだぁ……

男  私立だから金掛かって大変だよ。

老婆 そんなに?

男  寄付金一五〇万だよ。

老婆 一五〇万……

男  借金して寄付するなんておかしな話だろ。

老婆 そこまでして収めなきゃなんないの?

男  いや寄付だから絶対ってことは無いだろうけど、皆さん納めて下さってますって…    

   …

老婆 はあー……

男  払わなかったためにいじめられでもしたら困るだろ。 

老婆 ……

男  見栄張って私立なんか入れんじゃなかったよ……

老婆 それ、出してあげてもいいよ。

男  本気かよ。

老婆 だって必要なんでしょ。

男  そりゃあ、もう……

老婆 だったら(いいよ)……

男  いやあ助かるよ、それは。

老婆 もっと早く言ってくれば良かったのに……マンション買わせといて、何で

そこで……

男  そうだよな、全く……ホントにありがとな。

老婆 でもそのためには見つけないと……

男  見つけるよ、何としても。

老婆 良かったぁ……約束ね。(小指を出す)

男  あ、うん……(指きりの形になる)

老婆 ゆびきりげんまん、嘘ついたら針千本のぉます。

男  じゃ母さんの部屋、探してくるね。(立ち上がる)

老婆 え、お茶ぐらい飲んでいきなよ。

男  鉄は熱いうちに打たないと。

老婆 え?

男  さっきの約束、忘れないでよ。

老婆 まあお茶も熱いうちに……

     男、行ってしまう。

     老婆、けん玉を手に取り、

老婆 (声を潜めて)母さんの部屋にもありませんー……(けん玉の成功如何に関わ

らず)成功……     

          

    老婆、けん玉をコタツに置く。

最中を手に取り、しばし考えた末、食べる。

    ポケットから通帳を取りだし、

老婆 一、十、百、千、万、十万、百万……一、十、百、千、万、十万、百万…

…しかも使われては……うん、いない。よし……(再びポケットに入れる) 

     少しの間。

老婆 どう、見つかったぁ?(また最中を食べる)

男  (声)まだ、これから……

老婆 ま、そう簡単には見つからないか。

男  (声)大丈夫、見つけるよ……

老婆 うん、よろしく。あのさ、そっちに黒い入れ物があるだろ。

男  (声)どんなの。

老婆 だから黒いの、そんな大きいのじゃなくて。

男  (声)……ポーチ?

老婆 そう、それ。持ってきてくれる?

     その時玄関のチャイム。

   

老婆 はーい。

     老婆、玄関へ向かおうする。

慌てて戻ってくる男。手には黒いポーチ。

男  待って。

老婆 何。

男  誰。

老婆 分かんないよ、チャイムしか聞いてないし。

     再びチャイム。

老婆 今行きまーす。

男  おい。

老婆 何よ、さっきから。

男  はい、これ。(ポーチを渡す)

老婆 あ、ありがとう。

男  ま、ま、座って。(老婆を半ば強引に座らせる)

老婆 どうすんの……?

男  せっかくの親子水入らずなんだぞ、どこぞの馬の骨に邪魔されてたまるかよ。

     玄関で「入るよ、おばあちゃん」の声。

     咄嗟に台所に隠れる男。

まもなく学生がズカズカと入ってくる。

     

老婆 おお、いらっしゃい。

学生 良かった、無事で……

老婆 え、何で?

学生 電話繋がんないんだもん、心配したよ……

老婆 あら、じゃあやっぱりあの時(男の姿を探す)……?

学生 (部屋を見渡し)うわあ、片づいてんじゃん。

老婆 でしょう?

学生 (座布団の山から自分が座るための座布団を持ってきながら)やっと分かってくれた

んだね、片づけの魅力を。来るたびに語ってきた甲斐があったよ。(老婆の傍に座

る)

老婆 息子も手伝ってくれてさ。

学生 息子? 帰ってきたの?

老婆 うん。

学生 良かったじゃん。

老婆 (台所に男がいることに気づき)ほら、そんなとこ隠れてないで挨拶しなさいよ、人見知りする歳じゃないでしょう。

     男、気まずそうに出てきて、

男  どうも……

学生 こんにちは。

男  あの、こちらは……?

老婆 孫、孫。

学生 嬉しいなあ、そう言ってもらえると。

老婆 孫だよ、もう。

男  ……?

老婆 学生さん。

男  ああ……

学生 ぬくみくるみから来ました。

男  むくみくるみ? ……ボランティアか何か……?

学生 大学公認社会福祉サークルぬくみくるみ。皆でぬくんでくるんで支えていこうって、いい名前でしょ? (老婆を抱く)

男  ああ……

老婆 あたし支えられてんの。

老婆・学生 (顔を見合わせ)ねえ?

男  ……

老婆 良かった、賑やかになって。

男  ハハハッ……

学生 (電話の方へ向かいながら)お仕事ですか、今日は。

男  そうそう。

学生 (電話を見て)あ、やっぱりそうだ……

老婆 やっぱり?

学生 抜けてるよ、電話線。

老婆 あら。

男  多分探してた時に……

老婆 そうだね、きっと……

学生 (がらりと変わり)何考えてんですか。

男  何って……

学生 電話線って言ったら、独居老人のライフラインですよ。そんな自由に出歩けるわ

けじゃないんですから、人と繋がるチャンスの大半は必然的に電話でしょう。この無

機質な機械を見つめ、鳴らないだろうかと心待ちにする姿を想像してみて下さいよ。

何と惨めなことか、何と切ないことか。鳴ったと思えば、またあなたが何が欲しいと

か何の金を送ってくれとか言ってくるし。けどそれにもささやかな喜びを見出して

生きる活力にしてるんです。そのチャンスをあなたは奪ったんですよ、分かってま

す? それに具合悪くなって救急車呼ぶことだってありますよ。けど電話する気力は

あっても、電話線挿し直す力はそうそうあるもんじゃないでしょう。(電話線を挿し

直す)具合、悪いんですから……

男  分かったよ、もう。

学生 何探してたんだか知りませんけど、どうせ大したものじゃないでしょう、

男  いやそれは、

学生 (遮って)うっかり、外してしまうなんて……うっかりじゃ済まされませんよ。

老婆 通帳だよ。

学生 通帳?

老婆 どこやったか忘れちゃって……

学生 あ、それは……

男  大したもんだろ。

学生 威張ることじゃないでしょう、抜いたんだから、あなた。

男  ……

学生 頼みますよ、ホント……

     学生、台所へ。

男  何なんだ、あいつ……

老婆 燃えてんだよ。

男  何に。

老婆 ボランティア。

男  ぬくんでぇ? くるんでぇ? 暑苦しいっての。 

学生 (声)今夜は芋の煮っ転がしですか。

老婆 そうそう。

男  これもボランティア?

老婆 まあ現状を知るというか……

学生 (声)芋の煮っ転がしかあ……

老婆 食べる?

学生 (すかさず)もちろん。

男  味まで知る必要あるのかよ。

老婆 好きなのよ、あの子。お前も食べるよね。(と言って立ち上がる)

学生 (戻ってきて)あ、そのまま。火は点けてきたんで。

老婆 ああ、そう。(座る)

男  早い仕事で。

学生 ありがとうございます。

男  ……

学生 やはり来たからには、少しはお役に立たないと……

男  食べるんだろ、芋の煮っ転がし。

学生 そこはギブアンドテイクで。

男  そもそも、温めんのはあんたが食うためだろ。

老婆 いいじゃない、そんなの。

学生 美味しかったよ、冷めたままでも。

老婆 食べたの?

学生 ちょっとね。

老婆 温めたらもっと美味しいよ。

学生 楽しみだなあ……お、竹屋の最中。

老婆 食べてよ、どんどん。

学生 やったあ。(手に取る)

老婆 その前に。

学生 あ……せーの。

老婆・学生 (歌う)パリッと軽やか心も弾む、竹屋の最中ぁ。

学生 ハモったね。

老婆 ホント?

学生 (男に)そう思いません?

男  え……んー……

老婆 何だよ、ノリが悪いねえ。

学生 いただきまあす。(食べる)

老婆 あ、お茶……

学生 やるやる。

男  いいよ、座ってろよ、客人は。

     男、お盆を持って、逃げるように台所へ。

学生 良かったじゃん、帰ってきて。

老婆 でも今日のうちには帰るって言うん だよ。

学生 え、今日?

老婆 うん、さっき来たばかりなのに。

男  (声)お茶っぱ、お茶っぱ……

学生 あ、左の棚にあります。それと、急須はまな板の横です。

男  ……

学生 気をつけて下さいよ、古いのと新しいのとありますから……大丈夫かなあ

……

老婆 まあ新しいの開けても……

学生 駄目。そうやってて湿気らせたでしょ。

老婆 ああ、そっか……(台所に向かって)駄目だよ、新しいの開けたら。

男  丸聞こえだから、そっちの話。

     と言いながら男、お茶を持って戻る。お盆の上には湯飲み。

     

学生 ご苦労様です。

老婆 (お盆から湯飲みを取って)はい、どうぞ……あっ……(お茶を零す)

     学生、台所へ。

     呆気にとられ、ただ見ている男。 

     学生、台拭きを持って戻ってきて、

学生 大丈夫?

老婆 うん、コタツだけ。ごめんね。 

学生 気をつけてよー…… 

     

     学生、濡れたところを拭く。

     男、捜索を再開。

学生 え、どこの通帳?

老婆 郵便局。 

学生 また失くしたの?

老婆 そうなのよ……

男  この前はズボンの中入ってたよね。

老婆 (やや動揺し)ああ……

男  見て、ズボン。

老婆 見たよ、最初に。

男  ……

老婆 さすがに同じヘマはしないって……

男  もしかして……

     男、老婆の部屋へ向かう。

学生 行っちゃったよ。

老婆 戻ってくるさ、そのうち。

     

老婆、何やら探しだす。

学生 全く、これで何回目?

老婆 いやこれは違うんだけど……

学生 何が違うのさ。

老婆 ん? これは(靴下だよ)……

学生 どこだ、今度は……(探そうとする)

老婆 いいよ、探さなくて。

学生 どうして。

老婆 どうせすぐ見つかるし。

学生 何で分かるの。

老婆 実はさ……(ズボンから通帳を出し)あるんだよ、ここに。

学生 え、じゃあ……

老婆 見つかったら帰っちゃうし。

学生 ああ……

老婆 今夜くらいは泊まって欲しくてさ……あ、このことは内緒ね。

学生 正直に言ってみたら?

老婆 何を?

学生 泊まって欲しいって。

老婆 言ったさ。それで首縦に振るなら苦労しないだろ。

学生 そっか……

老婆 ホントはこんなことしたくないんだけど……(ズボンのポケットに通帳を

戻す)

学生 大人しく泊まればいいのにね。

老婆 そうだよ、あの頑固め……(床の物を取ろうとした拍子に腰に痛みを覚え

る)アタタ……

学生 大丈夫?

老婆 何、ちょっと……

学生 行ってる、病院?

老婆 うん、明日だよ、ちょうど……

学生 明日?

老婆 第四週でしょ。

学生 土曜って休みじゃないの、県立?

老婆 あれ、今日って……?

学生 金曜。

老婆 ありゃ、じゃあ……

学生 今からでも……

老婆 もう受付終わってるし。

学生 うーん……

老婆 大丈夫、来週行くし。

学生 今度は忘れないようにしなよ。

男、ズボンの山を抱えて戻ってくる。

学生 何ですか、それ。

男  見りゃ分かんだろ、ズボン。

老婆 なるほどね。

     男、ズボンの山を床に置き、一つ一つ確認する。

まもなく電話が鳴る。

     なおこの後のやり取りの途中で救急車が近づいてくる。

老婆 (電話に出る)もしもし……え……ああ……まあ……うん……うん、元気だよ……ちょっと待ってね。(男に)どういうことだろうね。

男  ……

老婆 あたしのこと母さんって。

男  母さん……

学生 マジで? 

老婆 あれかな、ニュースでやってた。

学生 あ、オレオレ。

老婆 そうそう。

男  そうだよ、きっと。

老婆 でも腰悪いの知ってたよ。

学生 あれ……

老婆 心配もしてくれたし。

学生 じゃあ本物?

老婆 いるじゃない、ここに。

学生 そうだよなあ……

男  腰悪い年寄りなんて珍しくないって。

老婆 ああ、確かに。

男  早く切っちまえよ、そんなの。

老婆 でもお金の話してなかったよ。

学生 これから話すつもりなんじゃ……

老婆 (電話口の相手に)もしもし、今息子に代わります。

男  いいよ、代わらなくて。

老婆 お前が出れば、話が早いでしょ。

学生 そうですよ、ガツンと言ってください。

男  「息子はここにいますから」って言えばいいことだろ。

老婆 もう代わるって言っちゃったし、はい。(受話器を男に渡す)

男  ……(意を決して)何だよ、今度は。テレビ? パソコン? アイパット? あ

いにくな、今無いんだよ、通帳、母さんが無くしちゃって。だから振り込めねえよ、

だって無いんだから。自分で買えよ、たまには。はい、じゃあ。(切る)

老婆 やっぱり金送れって?

男  先回りして言ってやったんだよ。

学生 随分具体的な要求でしたね……でも今度はって……?

男  常習犯の臭いがしたからよ。

学生 あ、なるほど……詳しいですねえ。

男  はあ……

学生 オレオレかあ、初めてだよ、遭遇したの。

老婆 おお、良かったね。

男  (自分に言い聞かせ、歌う)オレーオレオレオレー……

学生 いやあ、見直しましたよ。

男  ……

学生 話を聞いちゃうから駄目なんですね……他のメンバーにも教えてあげなく

ちゃ。

男  止めろよ、そんなの。

老婆 良かったあ、お前がいて。

     

     救急車が家の近くで停まる。

老婆 おっ近いんじゃない、これは。

     老婆、学生、縁側から救急車の行方を見つめる。

学生 伊勢崎さんちだよ。

老婆 (男に)あら、タカちゃんち。

男  ……

老婆 お前しょっちゅう泣かせてたじゃない。

男  ああ、あの泣き虫か……

老婆 奥さんか、旦那さんか……ひょっとして、

学生 行く?

老婆 もちろん。(男に)どうする?

男  残るよ、俺は。

老婆 薄情だねえ、タカちゃんかもしれないよ。

男  んー、でも……

学生 あ、担架持って入ってった。

老婆 おお、行こう、行こう。

     学生、老婆を連れて玄関へ。

     男、ズボンを床に置き、一つ一つ確認する。

     しばらくして電話が鳴る。

     慌てて電話線を抜く男。

     男、逃げ出すため玄関に向かおうとした時、学生が戻ってくる。

学生 どうしたんです?

男  いや、気になって……

学生 お父さんです。

     救急車が出発する。 

学生 ありゃもう駄目ですね。

男  いいのかよ、そんなこと言って。

学生 硬直してるんですよ、ロボットみたいに腕曲げたまま。

男  ふうん……

学生 頭ですねえ、あれは……いやうちのじいちゃん、あ、祖父もそうだ

ったもので。

男  母さんは?

学生 西田さんと話してます。そのうち来るでしょう。(台所へ)

男  ……

学生 (声)ちょっと、何で止めといてくれないんですか。

男  あ、焦げてる?

学生 (声)底のほうは全滅、中腹も下半分は切らないと……

男  でもあんたが火に掛けたんだろ。

学生 (声)そんなの、家に残ったんだから、あなたは。

男  ……

学生 (声)息子来たら火事になったなんて、シャレにもなりませんよ。

男  ……

     学生、芋の煮っ転がしを器に山盛りにして持ってきて、

学生 いつもの悪い癖で作りすぎてたのが救いでした。

男  食べるのかよ。

学生 食べます? 何なら箸持ってきますけど。

男  いいよ、俺は。

学生 まだ気にしてるんですか。

男  え?

学生 大丈夫ですよ、それだけ痩せれば。  全然メタボじゃないです。

男  ああ……

学生 やっと納得しました。

男  何に?

学生 よく言われてたんです、お婆ちゃんに、あなたに似てるって。でも写真見ると思い

っきりメタボだし、はあ勘弁してくれよって思ってたんですけど……(男の顔をまじ

まじと見て)確かに似てますね、目の辺りとか。 

男  (強い口調で)そんなジロジロ見るなよ。

学生 あ、すいません……いただきまーす(食べる)……んー美味しい……

     男、黒いポーチを手に取り、開ける。出てきたのはペン型の注射器。

     

男  (注射器を見て)……

学生 大変ですよね。

男  え?

学生 毎日でしょう、それ。

男  ああ……(注射器をポーチに戻す)

学生 耐えられないなあ、食べたいものも食べられないなんて……

男  ……

学生 おまけに油断すると……(半分になった芋を見せる)こうでしょう?

男  (ぎょっとして)え……

学生 谷川さんってご存知ですか、あの自治会長やってた。

男  まあ名前くらいは……

学生 あそこの旦那さんが……(欠けてはいるがまだ原型を留めている芋を見せ)始

めはこうだったんですけど、この前ついに……(また半分の芋)こうですよ。

男  (恐る恐る)あの、それは……何?

学生 両足切断。

男  ひえっ……

学生 まあすぐにってわけじゃないらしいですけど(食べる)……(ポーチの中に

ある健康手帳を見て)うわ、二百越えてんじゃん、血糖値。

男  ……?

学生 昨日……あ、一昨日も……ヤバイっすよ、二百越えは。お婆ちゃん気をつけない

と……

男、捜索を開始。

学生、コタツのけん玉を手に取り、

学生 (けん玉を示し)上手かったそうですね。

男  (興味無さそうに)ああ……

学生 もしもし亀よって、三十分続いたって聞きましたよ。

男  子供ん時な。

学生 やってみて下さいよ。

男  嫌だよ。

学生 覚えてるでしょう、身体が。

男  それどころじゃねえだろ。見て分かんないのか。

     男、探し続ける。 

     少しの間。

学生 今日中に帰るって聞いたんですけど。

男  ああ。

学生 泊まってあげたらいいじゃないですか。

男  はあ?

学生 明日休みでしょう。

男  ……

学生 土曜日じゃないですか。

男  ……いいよな、土曜が休みで。

学生 え……?

男  ……

学生 じゃあ有休取って……

男  有休……(笑う)

学生 いいじゃないですか、一日くらい。

男  あんたには関係ないだろ。

学生 ありますよ、一応孫だし。

男  孫って……

学生 聞いたでしょ、あなたも。

男  年寄りの夕飯漁って孫気取りか。

学生 漁るって、それあんまりじゃないですか。

男  (山盛りの芋を示し)じゃあ何だ、この山は。

学生 食べていいって……

男  食うか、こんなに。

学生 まだありますよ、大丈夫。

男  そういう問題じゃねえよ、これって孫か、これってボランティアのやるこ

とか。

学生 あなたに言われたくないですよ、親の資産食い散らかしてるあなたに。

男  ……

学生 断る権利なんかあるんですか、散々物買って貰っといて。こういう時ぐら

い親孝行しようって思うのが普通でしょう?

男  親孝行は他の時に、

学生 (遮って)カーディガンですか。

男  え?

学生 母の日にカーディガン買ってあげたって?

男  そうそう。ちゃんと節目、節目は、

学生 何年前の節目ですか。裾はよれよれ、ボタンは一つ欠けてるし。

男  ……

学生 それでも自慢してくるんですよ、僕に。もう可哀想で見てられませんよ……そもそ

も物で済ますってどうなんです?

男  何を偉そうに。

学生 たった一晩泊まるだけなのに何で……

男  だから仕事だって。

学生 僕だったら休みますよ、授業。

男  授業と一緒にするな。

学生 僕にとっては仕事です。

男  休んだら解雇されんだよ、こっちは。

学生 え、そんなヤバいんですか。

男  いや……分かんねえだろ、今どき、一流企業だってバンバン首切ってんだし。

学生 何だ。

男  何だって、

学生 そんなこと言ってたらキリ無いでしょう。

男  いいよな、親のスネかじってる学生は、気楽で。

学生 気楽じゃないですよ、ちっとも。内定一つしかないし。

男  いいだろ、一つでも貰えりゃ。

学生 居酒屋チェーンですよ、過労死でニュースになった。 

男  え……?

学生 そりゃあ僕だって内心ビビッてますけど……でもネガティブに考えたってしょうが

ないでしょう。

男  てかいいのか、こんなとこで油売ってて。

学生 あなたが来ないから来てんですよ。

男  俺のせいかよ。

学生 そうですよ、あなたさえ来れば安心して就活出来るのに……見捨てておけないで

しょう、放っとくとゴミ屋敷になるの目に見えてんだし。

男  ……

学生 年に一度あるかないかの機会じゃないですか。

男  事情があるんだよ、色々。

学生 何事情って?

男  そんなのあんたに喋るようなことじゃねえだろ。

学生 どこまで甘えるんですか。親孝行したい時には親はもういないんですよ。

男  分かりもしないくせに口出すんじゃねえよ。

学生 何を、お茶っぱの場所も分からないくせに。

男  ……

学生 あなたそれでも息子ですか。

男  だから探してんだろ、通帳。ホントは今すぐにでも帰らなきゃいけないってのに……

学生 そんなの僕でも出来ますよ、いやきっと僕の方が得意ですよ、いつも探してるし。

男  じゃあ手伝えよ、少しは。こういうのがボランティアってもんだろ。

学生 とんでもない。

男  何だと。

学生 見つけたら帰るでしょ。

男  しょうがないだろ。

学生 待ってたんですよ、ずっと。

男  いいだろ、帰ってきたんだから。

学生 満足するなよ、そこで。

男  満足って……

学生 帰ってきたって言ったって、あなたのはこんなんでしょ?(けん玉の玉を中皿に

乗せ、落とす)そんなんじゃなくて、(玉を剣に刺し)こういうのが帰るって言うん

ですよ。(コタツの上に立てる)

男  うるさいなあ。

学生 うるさいとは何ですか。

男  分かったから、もう。

学生 え、じゃあ(泊まっていくんですね)……?

男  いいよ、一人で探すし。

学生 おばあちゃん必死なんですよ、ウソまでついて……

男  ウソ?

学生 あっ……何で分からないかなあ……

男  何だよウソって。

学生 いやウソはついてませんけど、

男  言っただろ今、ウソまでついてって。

学生 それくらい泊まって欲しいんですよ。

男  どういうウソだよ。

学生 いいでしょ、そんなこと。

男  良くねえよ…… 

学生 あなたホントに息子ですか。

男  だからそうだって、

学生 とてもそうは思えないですよ。

男  失礼な奴だな……

学生 だって帰らなきゃいけないにしたって、悪いなあとか、申し訳ないなあとかあるで

しょ、普通。でもそういうの全然感じられないし。

男  ……そんなの表に出したら期待させるだろ、また来てくれるんじゃないかって。

学生 ……ああ、なるほど……

男  ……

学生 確かにそういう考え方もありますね。

男  だろ?

学生 ……

男  考えてんだぞ、考えてないようにしてても……

     少しの間。

  

学生 でも……

男  何だよ。

学生 おばあちゃん、聞いてくるんですよ、いつ来るんだって。そんなの、僕が分かる

わけないじゃないですか。それでも聞くんですよ、僕に。いつも、いつも……

男  ……

学生 初めはお盆じゃないのって言ってましたけど、あなたついにお盆も来なかったっ

て言うし……正月も、ゴールデンウィークも……もうどうしようかと思って……

男  何が言いたいんだよ。

学生 今度はいつ来るんです?

男  ……  

学生 次聞かれたら、何て答えたらいいんですか。

男  ……知るかよ……

学生 ……

     間。

     男は捜索に没頭し、学生は芋の 煮っ転がしを食べる。

学生 (芋の煮っ転がしを平らげ)美味しかったあ……

男  ……

学生 ご馳走様です。ついでに持ってきますね、これも。

     学生、芋の煮っ転がしが入っていた器とマグカップ、湯のみを乗せたお盆を持って、台所へ。     

学生 (戻ってきて)今日も最高に美味しかったとお伝えください。

男  帰るのか。

学生 ええ。

男  そうか……

学生 すいませんね、余計なことばっか言っちゃって。

男  ……

学生 でもたまには帰ってきてあげてくださいよ。

男  ……

学生 それじゃ、失礼します。

学生、去る。

     男、コタツの上に立てられたけん玉を突く。

何度目かで倒れ、老婆が座っていた座布団に転がり落ちるけん玉。

倒れた瞬間、びっくりする男。

     男、ズボンの山を持って老婆の部屋へ。

老婆の「よいしょ、こらしょ」と言う声。

まもなく老婆が大きな紙袋を持って、縁側に現れる。

老婆 ちょっとぉ、よろしく。

     男、戻ってくる。

老婆 はい、これ。(男に紙袋を渡す)

男  何?

老婆 西田さんがくれたの、いつものリンゴ。お前が好きだって覚えててくれてさ、いっ

ぱいくれたよ。

男  しゃべったのかよ。

老婆 そうそう。

男  おい。

老婆 後で食べようね。ごめん、台所置いてきて。(去る)

男  入んないの?

老婆 (声)元気の玄関……(玄関へ)

    男、紙袋の中のリンゴを見ている。 

     老婆、入ってくる。さっきとは打って変わって浮かない様子。

 老婆、座布団に落ちたけん玉を拾い、座る。

     少しの間。

老婆 帰ったんだね。

男  ああ……

     男、紙袋を持って台所へ向かう。

老婆 ……出てく時さ、玄関に靴が三つ並んでて、いや正確にはあの子は脱ぎ散らかし

てたんだけど。

男  ……

老婆 それ見て、何だか懐かしくって……

男  ……

老婆 ちゃんと並んでるのは父さんと母さんで、脱ぎ散らかしてるのはお前ね……三つ

が二つになって、二つが一つになって……長いんだよ、廊下が……

男  (声)泣き落としかよ。

老婆 別にそんなんじゃないよ。

男  (声)どうだかな。

老婆 何その言い方。

     男、戻ってきて、

男  聞いたぞ。

老婆 え?

男  ウソついてんだろ。

老婆 何のこと?

男  とぼけんなよ。言ってたぞ、あいつが。

老婆 ……

男  どんなウソだよ。

老婆 あ、聞いてないんだ、それは……

男  だから今……

老婆 良かったあ……

男  良かったじゃねえよ、帰るぞ、もう。

老婆 待ってよ、言ったら帰らない?

男  そんなの聞いてみないと、

老婆 言ったら泊まってくれる?

男  泊まるわけねえだろ。

老婆 えー、じゃあ言わない。

男  おい……

老婆 泊まったら、教えてあげる。

男  何で泊まらなきゃいけないんだよ。

  玄関で物音がする。

男  あっ……

老婆 どうしたの。

男  誰か来たんじゃないか。

老婆 そんな驚くことないでしょ。

    老婆、けん玉をコタツに置き、玄関へ向かう。

     男、台所に隠れる。

     まもなく老婆が新聞を持って戻ってくる。

老婆 夕刊だよ。

男  (出てきて)ああ、夕刊……

老婆 大丈夫?

男  ああ……

老婆 しっかりしてちょうだいよ。

男  ……

     男、捜索を再開。

     老婆、老眼鏡を掛けた後、ポーチを見て、

老婆 あれ、やったっけ?

男  え?

老婆 注射。

男  知らねえよ……

老婆 多分やってないよね……

     この後の会話は次の作業をしながらなされる。

老婆、ポーチから血糖値の計測器と穿刺器、ガーゼを取り出す。

指をガーゼで丁寧に拭いてから、穿刺器に当てる。

バチンという鈍い音がした後、少量の出血が見られる。

計測器のセンサーを血に触れさせて、ピーッという音がしたらコタツの上に置く。

     男は捜索を続ける。

老婆 何、まだ探すの。

男  当たり前だろ……

老婆 ……

男  もはや母さんだけの問題じゃないんだぞ。

老婆 どういうこと?

男  寄付金、出してくれるんだろ。

老婆 寄付金?

男  おい、まさか……

老婆 ああ、和美の。

男  そう、寄付金、忘れちゃいけないよ、寄付金だよ。孫のためにもさ、ばあちゃん、

ここは頑張らないと。

老婆 頑張るのかあ……

男  そうだよ。

老婆 明日になれば思い出すと思うんだよ。だからさ、今夜は泊まっていきなよ。

男  明日、明日、また明日って、いつまでも引き止めるつもりだろ。

老婆 そんな風に言わなくてもいいじゃないか。

     その時、計測器のピッという音が鳴る。

老婆 おお、やっぱり。

男  (見ようとしない)……

老婆 (計測器を示し)二〇〇超えたよ、二三二。

男  二三二……

老婆 やっぱ最中の力は大きいね。

男  食べたの?

老婆 お前だろ、勧めたの。

男  足大丈夫か。

老婆 何で?   

男  いや……

     老婆、ポーチから注射器と注射針を取り出す。

     注射器の蓋を外し、注射針をつけ、目盛りを合わせる。

     男は捜索に戻る。

老婆 (老眼鏡を頭に上げ)何。いいよ、見てても。

男  見たくないよ、そんなの。

老婆 これさ、シャープペンシルみたいじゃない?

男  (チラリと見て)……まあ……

老婆 でしょ? あたし聞いちゃったよ、先生に。こんなので大丈夫なんですかって…  

…ま、それにしちゃ高すぎるけど……これ一本で寿司食べられるよ、寿司。前ならチ

ラシ寿司ってとこだったけど、今なんてもう……トロでもウニでもどーんとこいだぁ

……さて……

老婆、ガーゼで注射する腹部を消毒してから、注射器のメモリーを調整し、注射する。コタツの中でやっているため、実際には見えない。

     男、見ないようにして捜索を続ける。

     老婆、それを見て、

老婆(わざと痛そうに)うっ……

     男、ビクリとする。

     それを見て笑う老婆。

男  何だよ……

老婆 よしと(ポーチに器具をしまう)……眼鏡取ってくれる? その辺にある

でしょ。

男  (老婆の頭にある老眼鏡を見て)してんじゃねえかよ。

老婆 ああ、そうだ、そうだ。(老眼鏡を掛け、新聞を開く)

男  無いよね、誰か来るとか……?

老婆 これから?

男  そうそう。

老婆 ……そんなの、お前だって突然来ただろ。

男  ……

老婆 あ、今日何日?

男  (動揺)……二十四日かな……

老婆 じゃあ来るね、そろそろ。

男  誰。

老婆 郁子。

男  ……

老婆 覚えてる? あの、高山のおじさんとこの。

男  何となくは……

老婆 まあ歳も離れてるしね。

男  高山のおじさんってことは……

老婆 いとこでしょ。

男  ああ、はいはい。

老婆 まあおじさんもよく来てたけど……

男  あの、そろそろって……

老婆 え?

男  そろそろ、来るんだろ。

老婆 二四日だし。

男  あ、二十四日……

老婆 会いたかった?

男  いや。

老婆 だよね。

男  嫌なんだ、母さんも。

老婆 だって金借りに来るんだよ。

男  あの人なあ……いくら貸してんの?

老婆 あれ……?

男  おい、忘れるなよ。

老婆 倍にして返すって言ったのは覚えてるけど。

男  怪しいよ、それ。

老婆 そうかなあ。

男  少しは返してきたの。

老婆 (最中を示し)これはせっせと持ってくるけどねえ。

男  最中で誤魔化されんなよ。

老婆 誤魔化されるわけないでしょ、あたし食えないし。

男  あ、そうか。

老婆 あの子、竹屋と同級生でしょ?

男  だから最中?

老婆 そんなお人よしじゃないでしょ、あれは。

男  ……

老婆 借りてんだよ、あそこからも。

男  買って誤魔化してんのか。

老婆 そうそう。

男  ……

老婆 言ったんだけどね、他のにしろって。

男  そしたら?

老婆 今度は煎餅だよ。佐々木煎餅とは昔結婚寸前までいって……

男  関係ねえだろ、そんなの。

老婆 でも煎餅も血糖値上がるんだな。

男  ……

老婆 それ言ったら、今度は羽毛布団を格安で譲るとか言い出して。

男  おいおい……

老婆 格安って言っても結構するんだよ。

男  買ったの?

老婆 二組。

男  いくら。

老婆 三十万。 

男  何やってんだよ。

老婆 だって最中も煎餅も食べられないし。

男  何で金貸してる人間がこれ以上金払わなきゃならないんだよ。

老婆 それはそうだけど……

男  そんなの要らないから早く返せって言えばいいだろ。ホント酷いなあ……

老婆 まあ大丈夫。

男  何が大丈夫だ、幾ら貸したか、もう覚えてないんだろ。

老婆 借用書があるよ

男  どこにあんの?

老婆 ……

男  ほら。そのうち、金貸したことすら忘れるぞ。

老婆 ……

男  そうやって物で誤魔化して、待ってんだよ、母さんが忘れるの。

老婆 考えすぎだよ。

男  いや、そうだよきっと。ったく何て奴だ……これ、戻してくるね。

     男、最中の皿を持って台所へ。

老婆 もういいの?

男  (声)食えるか、誤魔化しの最中なんて。

老婆 最中に罪は無いだろ。食べてよ、余ってんだから……

男  (声)突っ返してやればいいんだよ、こんなの。全く、何て奴だ。

     老婆、けん玉をいじりだす。

不意に訪れる静寂。

     

老婆 でもいいんだよ、郁子でも来てくれれば。

男  …… 

老婆 だって来なかったら独りでしょ。

老婆、けん玉をコタツの上に立て、新聞を読みだす。

    男、戻ってくる。

けん玉を見て一瞬たじろぐが、黙って捜索を再開。

     少しの間。

     老婆、何気なく新聞を手に取る。

老婆 ……よく読むんだよ、新聞。

男  ……

老婆 聞いてる?

男  聞いてるよ、新聞読むんだろ。

老婆 ただ読むんじゃなくて、よく読むの。まずおくやみ、スポーツ、政治、株……そ

れから経済、芸能、テレビ欄……地方ニュース、投書の広場……文化芸能、環境科学

……全部よ。

男  へえ。

老婆 だいたい朝ごはんの片付けして、朝刊読み始めて、読み終わる頃にはもうお昼だ。お昼食べて、散歩して、昼寝して、血糖値計って、注射して、夕刊読んで。読み終わったら夕飯食べて、ちょっとテレビ観て、九時になったら寝る……この繰り返しだよ。どう?

男  どうって?

老婆 新聞と過ごす毎日。

男  俺読まないし。

老婆 新聞?

男  うん。

老婆 だから酷いんだ、物忘れ。

男  人のこと言えるかよ。

老婆 そっかあ……(笑う)

     少しの間

老婆 読みなさいよ、新聞くらい。

男  あ、読んでるよ、競馬新聞。

老婆 何、お前競馬やってるの。

男  母さん、そういうの嫌いだっけ。

老婆 そんなことないよ。

男  そうか、興味あるか。

老婆 うん、あたし、株やってるし。

男  株?

老婆 新聞で株の欄見てたら欲しくなっちゃって。

男  それで、どう。

老婆 ……?

男  儲かってんの。

老婆 ……いや。

男  そうか……どこの株?

老婆 NTT。多分どっかにあるよ。

男  テキトーだなあ。

老婆 お前の方はどうなの。

男  儲かることもあるよ。

老婆 ほう、大したもんだ。

男  ……鉄板だったんだけど、あの馬。

老婆 え、負けたの。

男  自信、あったんだけどなあ。 

老婆 幾ら掛けたの。

男  (指を八本立て)これくらいかな。

老婆 八万か。

男  いや、八十万。

老婆 ええ?

男  娘の学資保険だよ。

老婆 おい、それはまずいでしょ。

男  大丈夫なはずだったんだよ、あれとってりゃ、寄付金払えたんだ。

老婆 ……

男  でも大丈夫じゃなかった。そうだよ。おかげで同じ屋根の下に住む他人さ。

老婆 他人?

男  家帰るとテーブルにカップの焼きそばが置いてあるんだよ。

     老婆、男を抱きしめる。

老婆 (抱きしめたまま)苦労してんだねえ。

男  ちょっと、頭洗ってないだろ、フケだらけだぞ。

老婆 気にしないで。

男  気になるだろ……くせえなあ、風呂入ってないだろ。

老婆 入ったよ、三日前に。

男  …… 

老婆 もう競馬は止めなよ、あたしも株、止めるからさ。(さらに強く抱きしめる)

男  分かった、分かったから。

    男、老婆の手を振りほどく。

     勢い余って、床に倒れる老婆。

男  あ……ごめん。大丈夫?

老婆 ……ああ。

男  ……リンゴ、食べよっか。

老婆 うん。

男  じゃあ、(台所へ向かおうとする)

老婆 いいよ、座ってて。

     

     老婆、台所へ。

     男、新聞を読む。

老婆 (声、嬉しそうに)食べたんだ、あの子。

男  美味しかったって。

老婆 (声)そりゃ良かった……あれ、焦げてるね。

男  そうそう、火つけっぱなしだったから。

老婆 よくやるよ、あたしも。

     少しの間

     老婆、お盆に芋の煮っ転がしとリンゴを乗せて運んでくる。

老婆、素手で芋を掴み、男の口の中に放り込む。

男  (不意をつかれ)あうっ……

老婆 どう?

男  ……うん……

老婆 でしょ? 帰ってくるとこんなのが待ってるんだよぉ……

男  ……

老婆 ふふふ……

     老婆、リンゴを剥く。

     男、新聞を読む。

     少しの間。

男  (新聞を読みながら)四五万だって。

老婆 何が。

男  株だよ、NTTの。

老婆 ……あ。

男  どうしたの、いきなり。

老婆 思い出したよ。

男  え、ホントに。

老婆 うん、株に使ったんだよ。

男  使った?

老婆 五二〇万ね。

男  ああ、第一勧銀……

老婆 そうそう。

男  五二〇万もしたの?

老婆 一株じゃないよ、もちろん……五株くらいだったかな。

男  それにしたって、俺より損してるじゃないか。

老婆 だから止めるって。

男  別に責めてるわけじゃないよ。

老婆 いいよ、もう。

男  でもどっかにあるんだろ。

老婆 お前にあげるよ、見つかったら。

男  え、いいの。

老婆 ああ。

男  じゃあ株券も探さないとな。

老婆 そうなると今日中ってのは厳しいね。はい。(剥いたリンゴを渡す)

男  またそんなこと言って。(食べる)あっ……(歯が痛い)

老婆 虫歯?

男  ……

老婆 行きなよ、歯医者。

男  平気、平気……ん……(やはり痛い)

老婆 駄目だよ、強がったって……もしかして怖いの?

男  ……

老婆 もう子供じゃないんだから……

男  分かったもんじゃねえだろ……

老婆 え……?

男  いくら取られんだか……

老婆 何、そこまで金に困ってんの?

     男、黙って捜索を再開。

     老婆、男が探すのをしばし見ている。     

老婆 ごめんね……

男  何だよ……

老婆 いや悪いなって……

男  そう思うなら思い出そうとしろよ、少しは……

老婆 うーん……

     少しの間。

老婆 片付けるよ、あたし……

     老婆、床に散らかってるものを次々とゴミ袋に入れていく。

男  いいのかよ……

老婆 この方が探しやすいだろ……これもいいや。

     老婆、捨てるのを拒んだ物も入れていく。     

男  それ駄目だって……

老婆 いいの、いいの……

男  ……

老婆 見つけたっ。

男  えっ……

老婆 はい。(靴下を掲げる)

男  ……

老婆 (靴下を男に投げ渡し)脱いでこっち寄越して。(ゴミ袋)入れるから。

     黙って従う男。

     少しの間。

老婆 あのさ……

男  ん? ……

老婆 芋も少なくなっちゃったし、何か作ろうと思うんだけど……

男  ……

老婆 何食べたい……?

男  ……卵焼き……

老婆 え……

男  見つかんなかったらな……

老婆 ……美味しい卵焼き、作ってあげるね。

男  うん……

     間。

老婆 ねえ……

男  ……

老婆 休もうよ。

男  今始めたばかりだろ。

老婆 何言ってんの、お前ずっと探してるよ。

男  そんなしょっちゅう休んでたら、帰れなくなるだろ。

老婆 いいじゃん。

男  あ、もしかしてそれが狙いか。

老婆 バレた?

男  その手には乗らないぞ。

老婆 乗ってよー。

男  ……

老婆 ちょっとでいいからさ、座ってしゃべろうよ、リンゴもあることだし。

男  ……ちょっとだけな……

老婆 やったぁ……

     老婆、座布団を直したり、コタツを台拭きで拭くなど、二人で座ってしゃべる態勢作りをする。

老婆 ちょっと待ってねえ……

男  何やってんの?

老婆 セッティングだよ、対話のための。

男  大げさだなあ……

老婆 落ち着いて話せるようにさ……

男  腰悪いんだろ、無理すんなよ。

老婆 (歌う)だいじょうーぶ、だいじょーぶ……

     ズボンのポケットから通帳が落ちるが、老婆は気づいていない。

     

老婆 (コタツを見て)さて、と……あ、お茶、お茶。

     老婆、台所へ。

     男、コタツに入る。

まもなく通帳に気づき、拾う。

老婆 (声)あ、ストーブ。

男  ストーブ?

老婆 (声)寒いでしょ、東京の人には。

男  別に……

老婆 (声)そう……まあ、いいよ、点けても。結構寒いし、日落ちると。

男  ……(通帳を見ている)

老婆 (声)……あれ、古いの何処置いた?

男  ん? 

老婆 (声)開けよっか、新しいの。こういう時だし。

男  ……

老婆 (声)いいよね、別に。

男  好きにしたら……(通帳を新聞の下に隠す)

     少しの間。 

 

老婆 あら、無いや……

男  ……だから探してんだろ。

老婆 卵だよ。

男  卵?

老婆 うん、一個しか。

男  ……

老婆 どうしよっか……いっぱい食べたいよ

ね?

男  ……買ってこようか? (また通帳を手に取る)

老婆 ホント?

男  やるよ、それくらい。

老婆 ありがとう。

男  俺が食うんだし……

老婆 まあそっか……

男  働かざる者食うべからず……(と言ってポケットに通帳を入れながら立ち

上がる)

老婆 働いてくれてるじゃない、十分……

男  じゃあ……

老婆 え、もう行くの?

男  行ってきまぁす。

     男、足早に去る。

     老婆、戻ってきながら、

老婆 場所分かる? 川村マート。

     しかし返事が無い。

     ガラス戸から外を見て、

老婆 いってらっしゃい……

      

     老婆戻ってくる。

ふと、通帳が入っているはずのポケットに手を掛ける。

当然の事ながら、無い。

辺りを見渡す。

間。

コタツの上にあるけん玉を手に取り、

     

老婆 ……もしもし……もしもし……もしもし亀……もしもし……

     老婆、不安を打ち消すようにけん玉に興じる。

     しかしなかなか続かない。